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盲B盲G
深い緑色の布地の上に、視覚障害のあるエンジニアの仕事道具が整然と並べられた写真。ノートパソコン、点字ディスプレイ、黒いキーボード、スマートフォン、ヘッドホン、折りたたまれていない白杖、点字の練習板、「所属 開発部/役職 エンジニア」と書かれた社員証などが写っている

AI時代、視覚障害のあるエンジニアはどう生きる?

記念すべき初回の「盲B盲G訪問」です!全盲のシニアエンジニア外谷さんにお話を聞きたいと、エンジニア志望の高校生Tくんが盲B訪問をしました。エンジニアに求められる力が「速く書くこと」から「何を作るかを考えること」へ移るいま、Tくんにとってどのような時間になったのでしょうか。

登場するふたり

  • 外谷渉さん先輩

    全盲のシニアエンジニア。電話回線でインターネットにつないでいた20年前からキャリアを歩み、いまは大手企業で技術選定の最終判断や、チームづくりを担っています。

  • Tくん後輩

    ロービジョン(弱視)の高校生。中心視野に欠損がありながら、React、TypeScript、Ruby on Rails を独学し、Webサービスの要件定義から設計までをひとりでやり抜いた行動派です。

道具を、自分に合わせる

最初の話題は、開発環境でした。

視覚障害のあるエンジニアにとって、開発環境は重要です。読み上げが一拍でも遅れれば、思考が途切れてしまうからです。だから道具選びは、好みではなく、戦略になるというお話から盲B訪問はスタートしました(いきなり濃い!)。

たとえば、スクリーンリーダー(画面の文字を読み上げるソフト)。学校や事務仕事で広く使われている「PC-Talker」は、表計算などには強い一方で、VS Code のような開発ツールとは相性に課題があります。

そこで外谷さんがすすめたのは、オープンソースの「NVDA」を主軸にすること(この記事には専門用語が多く出てきますが、一つひとつを理解していただかなくてもちろん大丈夫です)。NVDAは世界の開発現場で事実上の標準になっていて、追従性も高いそう。

「将来プロを目指すなら、実務で主流のNVDAを軸にするといいですよ」外谷さんは言いました。「視覚障害者専用ブラウザの『NetReader』のような道具は、モダンなJavaScriptやCSSに対応しきれないことも多い。Chromeのような汎用ブラウザを読み上げと組み合わせて使いこなすことが、情報格差を埋める近道になります」。

もうひとつの鍵が、CLI(コマンドラインインターフェース=文字入力だけで操作する画面)です。マウスでボタンを探して読み上げさせる作業は、実はかなりの重労働。その点、WSL(Windows上でLinuxを動かす仕組み)を使ってCLI操作に寄せていくと、ほぼすべてがタイピングで完結します。

おもしろいのは、この「キーボードだけで完結する仕事の流れ」が、視覚障害のあるなしに関係なく、いまのソフトウェア開発で理想とされる形と重なっていることです。

Tくんも、残った視力を活かす自分だけの工夫をしていました。OSは夜空みたいな「Night Owl」系の配色にアクセントカラーのピンク、エディタ自体はハイコントラストダーク。自分の目にいちばん認識しやすい配色を、自分で探し当てる。独学で身につけた「開発環境」に、外谷さんからの具体的なアドバイスが合流していった時間でした。

コーダーから、アーキテクトへ

話題は、AIの使い方に移ります。

外谷さんは、AIとの付き合い方をこうたとえました。「優秀だけど、文脈(コンテキスト)を読めない部下への指示を意識しています」。たとえば「あなたはシニアのバックエンドエンジニアです」と役割を与えてから質問すると、AIが参照する情報の範囲が絞られて、答えの精度が上がる。感覚ではなく、理屈のある手法とのことです。

そのうえで、外谷さんは率直な見通しを語りました。

「コードを書くだけの仕事は、これからの30年、40年のうちに、消えていくでしょう」

コードそのものは、AIが書けてしまう。だからこそ人間に求められるのは、ユーザーが本当に求めているものを見きわめ、システム全体を設計し、AIの出力をチェックして品質を守る力です。

つまり、コードを書く「コーダー」から、システムを設計する「アーキテクト」へ。Tくんが「アーキテクトになりたい」と語ると、外谷さんは「それはAI時代の、賢い選択だと思いますよ」と応じました。

実はこの転換、視覚障害のあるエンジニアにとって追い風になりえるのだとか。見えない・見えにくい分、視覚情報を頭の中で論理の形に置き換えて理解する。その作業を毎日積み重ねている人にとって、「見えるもの」を「筋の通った設計」に翻訳する上流の仕事は、その経験が一気に強みに変わる領域だからです。複雑なコードを目で追ってバグを探す代わりに、AIとの対話でエラーを特定していく「対話型デバッグ」も、負担をぐっと軽くしてくれます。

ドキュメント(文書)をまとめよう

この日いちばん印象的だったのが、ポートフォリオをめぐるやりとりでした。面接での見られ方に不安をもらしたTくんに、外谷さんはこう助言します。

「github等を使って独自ツールを公開して開発力を示そうと思うなら、単にコードを置くだけではダメ。どういうプログラムなのか・実行に必要な環境はどういったものなのか、きちんとreadme等のドキュメントで整理して合わせて公開することで、あまり技術に明るくない人事担当者などにもアピールできるはずです。」

公開されたコードと記録は、学歴や障害のあるなしを飛び越えていく。それがこの世界のいいところだと、外谷さんは言います。

Tくんにも、思い当たる課題がありました。自作アプリを無料プラン(Render)で公開すると、15分間アクセスがないとサーバーが眠ってしまい、次に開くときに長く待たされる。この課題は、外部の監視サービスを導入して解決する予定なのだそう。何に困り、何を選び、なぜそう判断したのか──その過程ごと文書に残しておけば、それがそのままポートフォリオになります。

ひとりではない、という希望

電話回線の時代から、生成AIの時代まで。外谷さんが歩んできた20年は、変化に対応し続けた20年でした。それでも、「誰かのためにものを作る」よろこびと、その土台にある論理的な思考の価値は変わらない、と言います。

孤立しがちな視覚障害エンジニアの世界で、外谷さんが最後に伝えたのは、つながりの話でした。

「エンジニアの世界には、同じ苦労を分かち合える仲間が、意外とたくさんいます。スクリーンリーダーを使ってバリバリ働いている先輩たちのコミュニティもある。困ったら、いつでも繋がってください」
後日談

後日、Tくんから感想のメールが届きました。そこに綴られていたのは、この日を境に起きた、大きな路線変更のこと。

Tくんにはもともと、「自分の書いたコードで誰かを笑顔にしたい」という目標がありました。そして自分の視覚特性を考えると、いちばん合っているのはバックエンドエンジニア(裏側のシステムを作る人)なのだろうと、半ば思い込んでいたそうです。

でも、外谷さんとの対話を経て、大きな決断をします。要件定義と設計まで進めていたWebアプリの開発をいったん凍結し、代わりに始めたのが、「OSS(オープンソースソフトウェア=コードを公開し、みんなで育てるソフトウェア)型の、ライター向け執筆支援ツール」の開発と、そのコミュニティ運営の仕組みづくり。ドキュメントを整え、参加者が迷わない開発フローを設計する──まさに外谷さんの言う「文書をまとめる」力と、アーキテクトの仕事の入り口です。

OSSは、実際の開発現場にいちばん近い場所。ここで得るチーム運営の知見は、自分の助けになるだけでなく、同じようにエンジニアを目指す誰かの道しるべにもなる。Tくんはそう考えたそうです。将来の目標は、変わらず設計者(アーキテクト)。そこへ向かう道筋を、Tくんは自分の言葉で引き直したのです。

盲B盲G訪問からはじまる、新しい未来があります。あなたも是非訪問してみませんか?


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