
「役割の連続が、今日をつくった」
外崎真珠郎さん(東京都立久我山青光学園出身)
今回お話を伺ったのは、久我山青光学園で学び、高校から八王子盲学校へ進学し、現在は杉並区のB型事業所で働く外崎真珠郎さんのお母さま。「本人に合う環境とは何か」「"通う"をどう準備するか」「進路選択で何を優先するか」。丁寧な経験の積み重ねのすべてが、今に活きているお話です。
— まず、真珠郎さんのプロフィールを教えてください。
お母さん:
名前は、外崎真珠郎(とのざき しんじゅろう)です。2005年生まれで20歳。今高校を卒業して2年目ですね。
— 見え方について、差し支えない範囲で教えてください。
お母さん:
未熟児網膜症の後遺症で、本人は物心つく頃から「見えない」状態です。右目は視力0.1くらいあるけど視野が限られていて、左目は目の前の指の数が数えられる程度で、ぼやっと見えるかなという感じです。
知的障害もあって「愛の手帳」は3度です。ずっと重複クラス(視覚障害と他の障害を併せ持つ学級)で、年相応の学業レベルは難しかったと思います。
— いつから盲学校に通われましたか?
お母さん:
幼稚部の年長からです。当時はまだ、盲学校と保育園を並行して通えたので、盲学校2日・保育園3日という通い方ができました。小学部からは毎日久我山青光学園という盲学校に通いました。
「知的の学校の方がいいのかな」と思って、見学に行ったこともあるのですが、やっぱり見えていないことへのケアがないんですね。盲学校は、その子の学力、その子の見え方のことを考えて指導してくれる。だから、盲学校にいた方が本人のためには良さそうだと感じました。
「役割」があると張り切った
— 真珠郎さんが好きだった時間や、楽しかった思い出は何ですか?
お母さん:
役割を持たせてもらうことが嬉しかったみたいです。教室の植木鉢の世話とか、授業でやる畑仕事をものすごく一生懸命やっていたと聞きます。役割があると張り切って、楽しそうでした。

— 久我山時代に成長を感じた瞬間はありましたか?
お母さん:
学校では何でも一人でやりたがるようでした。毎日の準備も万端で。家だと「これやって、あれやって」となりがちですが、学校では自分でやりたかったみたいです。今も、調理はできませんが、身支度や食事は全部一人でやっています。洋服を選んで着るのも一人でできます。ただ季節に合わせるのは難しいです(笑)。
—高校進学はどうやって決めたのでしょうか?
お母さん:
高校からは八王子盲学校に通いました。時間の流れが少しゆるいというか、のんびりできそうな空気があって、本人に合っている気がしました。小学校に上がるときに世田谷区に引っ越していたのですが、そこから八王子へ3年間通いました。
— 通学は、電車ですか?
お母さん:
そうです。最初は私が付き添っていました。でも、うちは 一人通学を入学前から目指していたので、ガイドさんは使わず、先生にも協力をあおぎながら進めました。家の玄関から学校の教室まで完全に一人で行けるようになったのは、高校2年生の4月くらいです。
私の付き添いは、だんだんと「隣の駅まで」「改札まで迎えに行く」みたいに、一駅二駅ずつ減らして行きました。バスの乗り方は久我山時代に先生が指導してくれたんです。その経験も活きました。

— 八王子ではどのような役割がありましたか?
お母さん:
草花の世話です。朝登校したら水をあげたり、日の当たるところへ植木を動かしたり。あとは教室の電気をつけたり消したり、扉の開閉だったり、すっとんでいってやるって聞いてます。
進路は「現実を知って」変わった
— 高校の途中から、その先の進路を考え始めたのでしょうか?
お母さん:
入学当初は一般就労を希望していました。知的障害はあるけれど、できるだろうと安易に思っていたんですね。でもインターンでA型に行ってみたら、「これは厳しい」と。一般就労どころかA型も厳しいという現実を知って、B型を考えるようになりました。
A型だと、お昼も一人で、誰とも話さずに一日が終わるかもしれない。無理する必要はない。まずはB型で、成長してステップアップすればいい。そう思うようになりました。
— 八王子は進路相談が手厚いと聞きます。実際どうでしたか?
お母さん:
手厚かったです。母はほとんど調べていません(笑)。「地元周辺がいい」「こういう環境がいい」とお伝えしたら、仕事先のリストアップは全部先生がしてくれました。
希望したのは、中央線・井の頭線など、通える沿線で、できれば三鷹や杉並、武蔵野あたりで働きたいということ。そしてもう一つ強く希望したのが 「店舗を構えているところ」 でした。
— なぜでしょうか?
お母さん:
内職的な仕事ももちろんいいけれど、店舗は人の出入りがあって、世間とのつながりがより感じられるかなと。お客さんに「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と言える方が、「自分も社会の中の一人だ」って意識が持てるんじゃないかと思ってお願いしました。
「役割」を誇りに、今日も働く
— 今はどちらでお仕事をされているのでしょうか?
お母さん:
杉並区の「特定非営利活動法人かいとー」という、クリーニング屋さんのB型事業所です。工場ではなく、個人のクリーニング店が廃業したところを居抜きで借りた一軒家なんですね。店舗もあります。

仕事はいろいろあって、たとえばYシャツの襟にホルダー(紙製の襟崩れ防止)を入れる作業。背が高いので、洗濯物を高いところに干したり、大きいシーツを畳んだり。地下が洗い場や作業スペースになっているので、1階と地下の物の運搬もします。とにかく健康なので、力仕事も進んでやるようです。
— 色々なお仕事があるんですね。
お母さん:
はい。作業所には20人近くがいて、「今日はこれ」「明日ははこれ」と 作業分担を細かくして順番に回る仕組みになっています。できることの中で回しつつ、「今日はこれに挑戦してみようか」という日もあるそうです。
週5通っていて、水曜と日曜が休みです。土曜が出勤。これまで「行きたくない」と言ったことはないです。通勤は一人でしています。はじめはかいとーにインターンに行ったのですが、その時点で八王子の先生にも見てもらいながら、一人で行けるルートを練習していました。初日だけ私も一緒に行き、その後は問題なく一人で通えています。
―最後に、後輩の保護者の方へメッセージをお願いします。
お母さん:
やっぱり外に出るのは大切かなと思います。お買い物でも、美術館巡りでも、スポーツでも。なんでもいいので、盲学校以外の人とも関わることをお勧めします。世間はもっと広くて、いろんな人がいて、いろんな考え方がある。それを肌で感じるには、やっぱり外に出ないと分からないので。そういう中で揉まれるっていうのはすごく大事かなと。