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黒田菜摘さん(千葉県立千葉盲学校出身)のインタビュー記事

「ここまでできたんだから、それでいいじゃないか」

黒田菜摘さん(千葉県立千葉盲学校出身)


先天性の全盲、知的障害、自閉症スペクトラムという重複障害のある黒田菜摘さん。現在30歳を迎え、千葉県の社会福祉法人「愛光」で、盲学校時代に習得した「さをり織り」を続けています。幼少期から高等部卒業までを過ごした盲学校での学び、そして現在の社会人生活は、どのように築かれてきたのでしょうか。菜摘さんの成長を一番近くで見守ってきたお母様にお話を伺いました。

ー今日はよろしくお願いします。

お母さん:
よろしくお願いします。娘は黒田菜摘(なつみ)と申します。平成7年7月28日生まれで、ちょうど30歳になりました。

ー菜摘さんの障害について、お伺いできますか?

お母さん:
7ヶ月の未熟児で生まれまして、未熟児網膜症で目の治療をずっと続けていました。レーザー治療や手術もしましたが、結果として全盲になりました。退院時の検査で、自閉症も合わせ持つだろうと言われました。こだわりは強く、言葉は要求を伝える程度で、簡単なやりとりはできますが、長い文章で話すのは難しいです。

ー生まれてすぐは、入退院や手術など、本当に大変だったかと思います。今振り返られていかがですか?

お母さん:
その頃は本当に大変でしたね。成長の過程が本に書いてある通りではなく、その子その子で違うのだと実感しました。食事もこだわりがあって、ご飯が嫌いでパンばかり。お箸も苦手なので、手で持って食べられるパンをつい与えてしまったというのもあります(笑)。でも今は、自分で食べてくれるので助かっています。

机の上に象徴的に置かれた食パン

「さをり織り」との出会い

ー盲学校にはいつ頃から通われたのですか?

お母さん:
千葉県立千葉盲学校にお世話になりました。自宅が佐倉市で学校が四街道市だったのですが、車で20分くらいの距離で、これは本当に幸運でした。2歳になる前から教育相談に通い始め、幼稚部から高等部卒業まで、15年間お世話になりました。

ー 菜摘さんは学校生活を楽しんでいましたか?

お母さん:
本人が「何が好き」とはっきり言うわけではないのですが、バランス感覚が良くて、ブランコやバランスボール、プールで浮いているのが好きでしたね。小学5年生からは寄宿舎も利用させてもらいました。生活訓練の一環として1泊から始め、最終的には2泊まで泊まれるようになりました。家とは違う生活を経験できたのは良かったと思います。

ー学校での学びで、特に印象に残っていることはありますか?

お母さん:
高等部で出会った先生の存在がとても大きかったです。菜摘はもともと何かを触ることがあまり好きではなく、白杖も持つだけで振ることがなかなかできませんでした。そんな娘に、先生が「さをり織りをやらせます」と言ってくださって。3年間かけて、本当に根気強く教えてくれたんです。

ー どのようにして「さをり織り」を?

お母さん:
娘は音楽を聴くのが好きなので、まずオルゴールを回す作業から始めてくれました。その「回す」という動きを、糸を巻く作業に繋げてくれたんです。そこから手足や両腕を別々に動かす機織りの動作へと、段階を積み重ねてくれました。親は何もせず、先生がすべて導いてくださって(笑)。卒業する頃には、一人でさをり織りができるようになったんです。この先生との巡り合いがなければ、今の娘の生活はなかったと思います。

さをり織りのお織り機が施設の部屋の真ん中にある

中学時代からの準備が進路につながる

ー卒業後の進路については、いつ頃から考え始められたのでしょうか?

お母さん:
その先生が中学部の時の担任で、「そろそろ先のことを考えた方がいい」とアドバイスをくださったんです。私たちは佐倉市に住んでいましたので、同じ市内にある社会福祉法人愛光を最終的な目標に定めていました。

ーなぜ愛光だったのですか?

お母さん:
もともと視覚障害者の訓練施設として始まった場所で、施設内の点字ブロックが充実しているなど、視覚障害への理解が深いんです。盲学校の卒業生も多く通っていましたし、重複障害のある子を他の作業所で受け入れてもらうのはハードルが高いと感じていましたので、ここしかないな、と。とても恵まれていたと思います。

ー卒業後、スムーズに移行できましたか?

お母さん:
はい、高等部の時から実習という形で通わせてもらい、少しずつ慣れさせていきました。ただ、やはり環境の変化は大きかったようで、通い始めた頃は支援員の方に爪を立ててしまうこともあったようです。行き渋りはなかったのですが、15年通った場所から変わるのは大変だったと思います。今でもこだわりがあって、施設の正面玄関からは入れず、中庭から入るというルーティンが残っています。

おだやかで安定した日々

ー 現在どのような生活を送っているのですか?

お母さん:
平日は毎日、愛光に通っています。朝9時に家を出て、9時半に施設に着き、15時半まで過ごします。午前中は主に作業で、盲学校で身につけたさをり織りをずっと続けています。娘の気分に合わせて進めてくれるので、1日に1cmしか織れない日もあれば、何もしない日もありますが、彼女なりのお仕事になっています。

ー作業以外の時間もあるのですか?

お母さん:
はい。卒業するとどうしても運動量が減って太り気味になってしまうので、保護者からのリクエストで、午後に体を動かす時間ができました。娘は施設内を散歩するチームに参加しています。他にも、クラブ活動のようなレクリエーションの時間もあります。

ー将来的な暮らしについては、どのようにお考えですか?

お母さん:
うちには他に兄弟がいないので、将来的には愛光の入所施設にお世話になることを考えています。ただ、急いではいません。練習も兼ねて、月に5回ほどショートステイを利用させてもらいながら、少しずつ慣れているところです。理想を言えば、私たちがいなくなった後、この自宅を女の子だけのグループホームにして、娘が慣れた場所で暮らし続けられたら…なんて考えたりもします。なかなか難しいですけどね。

「過重な期待」から「楽しい思い出作り」へ

ー最後に、今盲学校に通っているお子さんや、その保護者の皆様へメッセージをお願いします。

お母さん:
学校にいる間は、「あれも身につけさせたい」「これもできるようになってほしい」と、つい一生懸命になりすぎて、娘に過重な期待をさせていた時期があったように思います。でも、卒業を控えた頃から、「ここまでできたんだから、それでいいじゃないか」と割り切れるようになってきました。

ー心境の変化があったのですね。

お母さん:
はい。それからは、この子と一緒に楽しい思い出をたくさん作ろう、という気持ちに変わりました。見えない分、一緒に色々なことを体験させてあげたいと。実は、ホノルルマラソンにも参加したんですよ。4時間かけて10キロを歩ききりました。本人の記憶にも少し残っているようで、私たち家族にとっても最高の思い出です。

ー素晴らしいですね。

お母さん:
親としては、少しでも生活しやすくなるように、楽しみが増えるようにと、色々やらせたくなる時期は誰にでもあると思います。でも、無理はさせず、お子さんの反応を見てあげてほしいです。そして何より、家族で楽しく過ごす時間を大切にしてほしい。それが一番かな、と思います。

ハワイの波打ち際に象徴的に置かれたランニングシューズ