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室内の壁にハンガーで吊るされた一本のズボン。左手の窓からレースのカーテン越しに光が差し、右手前に椅子の背もたれが写るモノクロ写真

「結局は人」

Iくん(東京都立久我山青光学園出身)

全盲に加え、重度の知的障害や自閉症を併せ持つIくん。0歳からの療育を経て、2026年春、東京都立八王子盲学校を卒業しました。18年の歩みを支えてきたお母さんに、お話を伺いました。
※ご家族のご希望により、匿名にてお届けします。

🎧 IくんのインタビューをAIポッドキャストで聴く

※この音声は記事をもとにAIが生成したもので、独自の解釈が加わっていることがあります

聞き手:―盲重複の方(視覚+他の障害がある方)のお話を聞けるのは貴重なので、今日は楽しみにしていました。

お母さん:
周りの方に恵まれただけで、私は何もしていないんですけどね(笑)。そんな私ですがよろしくお願いします。

聞き手:―はい、お母さんのお話を待っている方がたくさんいます。今日はよろしくお願いします。

お母さん:
よろしくお願いします。息子は全盲で、光と、もしかすると色の濃淡がわかるかなという程度です。重度の知的障害と自閉症、てんかんがあって、言葉は出ません。久我山青光学園に0歳の頃の育児相談からお世話になりました。

育児相談のときは本人は泣いてばかりでしたけど、入ってしまえば先生方の支援が手厚くて、本人も嫌がらずに通っていました。幼稚部、小学部、中学部と15年近くお世話になって、高校から八王子盲学校に進み、この春卒業しました。

音に満ちた教室

聞き手:―久我山ではどのような学校生活を送っていましたか?

お母さん:
重複障害の学級だったので、2〜3人の少人数に先生がほぼマンツーマンでついてくださる体制でした。歩行が不安定な時期には、廊下を使って根気強く付き添ってくださったり。小学部では同じ学年の子が一人しかいなくて、主に上や下の学年の子たちと一緒に過ごしていたのですが、それが息子にとってはかえって良い環境だったんです。

聞き手:―どういうところが合っていたのでしょう。

お母さん:
息子は全く見えない分、音に対する感度がとても高くて。教室の中の他の子たちの声や気配自体が世界を感じるための心地よい刺激になっていたようです。

静かな環境よりも、誰かが声を出しているような賑やかさを好んでいましたね。座って作業するのは苦手でしたけど、音楽や体育のような人の声が飛び交う活動にはよく反応していました。

聞き手:―ご家庭でも音は大きな存在ですか。

お母さん:
家ではずっとYouTubeやTVの音を聴いています。出川哲朗さんの『充電させてもらえませんか?』や『バナナサンド』、クラシック、軍歌、鉄道の走行音がお気に入りで。内容を理解しているというより、テンポや声の響きを楽しんでいるんだと思います。

面白いのが、一つの動画を長く聴くのではなくて、私の手を引っ張ってリモコンを渡し、次々と変えさせるんです。「YouTube変えろ遊び」と呼んでいます(笑)。私をそばにいさせて操作させるのが、彼なりの遊びなんですね。

スマートフォンの画面に映るYouTubeのロゴのモノクロ写真

先生も長袖

聞き手:―Iくんのルーティンについて教えてください。

お母さん:
こだわりは強いです。お風呂から上がって2階へ行くときと朝起きて下りるときはグレーのズボン、それ以外は紺のズボンと自分の中で決めていて、少しでも違うと納得しません。怪我もしていないのに、決まったタイミングで絆創膏を貼って、決まったタイミングで剥がす、というルールもあります。以前は半袖から長袖への衣替えだけで、3日間パニックになるほどでした。

聞き手:―衣替えにはどう対応されていましたか。

お母さん:
久我山にY先生という先生がいらして。家では無理をさせず安心できる場所にしたいという思いがあったので、「家では無理でした」と正直に相談すると、「じゃあ学校でやってみますね」と引き受けてくださるんです。

先生が自分の腕を息子に触らせて、「先生も長袖になったから着替えよう」と根気よく付き合ってくださった。すると、あんなに頑なだった息子がスッと袖を通した。中学部に入る頃にはスムーズに着替えられるようになりました。

部屋のハンガーに掛けられた一本のズボンのモノクロ写真。窓からカーテン越しに光が入っている

聞き手:―Y先生との関わりは長かったのですか。

お母さん:
卒業までに4回も担任をしてくださった方で、息子の一番大変な時期を全部知っている先生です。小学4年のとき、寄宿舎の練習で急な環境の変化にパニックを起こして、入院したことがありました。親子ともに本当に辛い時期でした。

でも先生方が「いきなり泊まるのは無理だったね」と受け止めてくださって、そこから2年以上かけて練習を重ねてくれたんです。放課後にお茶を飲んで帰るだけ、など少しずつ寄宿舎にいる時間を長くしていき、小学6年あたりから安定して泊まれるようになりました。その積み重ねがあったからこそ、高校で新しい寄宿舎に入っても崩れなかったんです。

聞き手:―高校で八王子盲学校を選ばれた理由は何でしたか。

お母さん:
一番は校風ですね。久我山と同じように幼稚部からある学校なので、先生方が温かくて、のんびりした雰囲気がありました。久我山から八王子に入学した先輩や異動された先生も何人もいらしたんです。入学初日から「Iくん、来たね!」と声をかけてもらえた。自分を知ってくれている人がいるということが、息子には何より大きかったと思います。

文化祭でも、息子が持てる小道具を工夫してくれたり、先生が後ろからセリフをフォローしてくれたり。「できないからやらない」ではなく「何ができるか」を一緒に考えてくださる学校でしたね。18年間、一度も学校に行きたがらない日はありませんでした。

バス停で待つ人

聞き手:―卒業後の進路はどのように決まりましたか。

お母さん:
正直に言うと、私はほとんど何もしていません。進路担当の先生が1年生の段階から動いてくださって、私たちが住んでいる地域エリアの施設を探して、オンライン会議で先方に息子の特性を伝えながら、「受け入れていいですよ」と手を挙げてくださった施設を絞り込んでくれました。実習の手配から細かい調整まで、全部先生が間に入ってくださって。

「直接私が連絡をとった方がいいですか?」と聞いても、先生はいつも「私からメールしときますよ」と全てリードしてくれました。他のお母さんから「自分で片っ端から電話して見学を取り付けた」という話を聞くと、なんて恵まれていたんだろうと思います。先生が間に立ってくださったおかげで、私が直接断られて傷つかずに済んだ面もあると思っています。

聞き手:―今の施設はいかがですか。

お母さん:
入所が決まってから、施設の職員さんがわざわざ八王子盲学校まで足を運んでくださったんです。授業の見学だけでなく、施設の中で職員の皆さんでアイマスクをつけて視覚障害の疑似体験をする研修までしてくださったそうで。盲学校の先生も「学校まで来てそこまでやってくれる施設はなかなかない」とおっしゃっていました。

通所はバスで1時間かかりますが、車なら15分のところをあえてバスにしました。私がいつまでも送迎できるとは限りませんから、最初からバスをルーティンにしたくて。大型のバスは遠足くらいしか経験がなかったので、実は一番心配していたんです。でも最初の2日間、職員さんが朝のバスに同乗してくださって、今では毎日静かにバスに揺られて通えています。

机の上に並べられた数枚のアイマスクのモノクロ写真

聞き手:―これまでの歩みを振り返って、どんなことを感じていますか。

お母さん:
結局は「人」だな、ということに尽きます。てんかんの病院の転院で悩んだときはママ友が病院を紹介してくれましたし、YouTubeをiPodで聴かせるアイデアや、オムツに関する情報なども教わりました。

先生にしても施設の職員さんにしても、解決策をくれるのはいつも人でした。病院や役所、相談支援センターなども同様です。

聞き手:―これからのことは、どのようにお考えですか。

お母さん:
私はシングルマザーですし、グループホームのことなど考えなければいけない不安は尽きません。正直、今はまだ先のことを考える余裕はありません。

でも、息子がゆっくりと、しかし確実に新しい環境に馴染んできた姿を見ていると、これからも人に助けていただきながら道を探して行けるのではないかとも思います

聞き手:―最後に、盲学校に通うお子さんの保護者の方にメッセージをお願いします。

お母さん:
一人で抱え込まず、目の前の「人」に相談してほしいです
。ネットで情報はいくらでも手に入りますが、最後はやっぱり人だと思います。親は自分の子どものことに一番詳しいですけど、先生は教育のプロですから。相談する勇気を持つことで、息子の生活は少しずつ豊かになっていきました。

私もまだ迷いの中にいますが、今はただ、周りの方々に感謝しながら、息子の彩り豊かなルーティンを一緒に楽しんでいきたいですね。

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進路や勉強の相談を、直接ぶつけられます。訪問は基本的にオンラインを想定しています。

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