
「知らないことが多すぎる」から始まった道
Jさん(佐賀県立盲学校出身)
Jさんは、情報にたどりつけないもどかしさや、そこから生まれる孤独を深く知っています。だからこそ今、同じように悩む人たちの声に耳を傾け、寄り添いながら支えています。盲学校での15年間、就職、そして再出発。Jさんの軽やかな歩みはまだこれからも続きます。
ずっと一人クラスで過ごすことが多かった
ーまずはご出身と、どちらの盲学校を卒業されたか教えてください。
Jさん:
私は佐賀県出身で、現在も佐賀に住んでいます。盲学校は佐賀県立盲学校で、小学校1年生から理療科まで15年間通いました。
ー長い期間、盲学校に通われたんですね。
Jさん:
そうですね。ただずっと一人クラスで過ごすことが多くて、友達よりも先生と話す時間の方が長かったです。 その時の流行など情報が入りにくくて、「私、知らないこと多いんじゃないかな」と感じていました。

ー卒業後はどのようなお仕事をされましたか?
Jさん:
山口県の治療院に就職して、2年半ほどマッサージと鍼の仕事をしました。でも、患者さんと世間話をするときに話題が分からず、「どうやったら情報を集められるんだろう」と悩む日々でした。 初めての一人暮らしもあり、体力的にも精神的にもきつくて、2年半たったころ地元で就職先を探すため佐賀に変えることに決めました
見つけた「もう一つの居場所」
ーその後は佐賀に戻られたのでしょうか?
Jさん:
佐賀県立盲学校から、「チャレンジ雇用という制度で、次の仕事を探しながら学校内でできることをやってみないか」と声をかけていただき、会議の資料や授業で使う教材の点訳を手伝いました。
ー卒業後も盲学校から心強いサポートがあったんですね。
Jさん:
盲学校で私のことをよく気にかけていただいた先生に「家の周辺を歩けるようになりたい」と相談したところ、歩行訓練士の方を紹介していただきました。それから何度か訓練で家に訪問していただく中で、次の就職先を探していることを話したところ、「大阪の日本ライトハウスで職業訓練を受けられる」と教えていただきました。
盲学校で点訳をするときにパソコンを使っていましたが、点字を入力すること以外何もできないので、もっと使えるようになりたいと思い、日本ライトハウスはとても興味がありました。
ーちょうどいいタイミングでの情報提供だったのですね。
Jさん:
ちょうどそのころ点字毎日を読んでいて、日本ライトハウスの職業訓練部で公開授業があることを知り、実際に参加しました。そこで視覚障害のある方にわかりやすく丁寧な授業が行われているのを見学し、これから社会で役立つ内容が多いとも感じ「ここで私も学びたい」と思いました。
職員から、「一人暮らしをしながら、まずはライトハウスの周辺を歩けるようになるための歩行訓練、そして簡単なパソコン操作なども身につけて、その後の1年間の職業訓練に備えたほうがいい」とアドバイスを受けて、まずは半年ほど機能訓練を受けました。
実際に歩行訓練で、最寄り駅や近くのスーパー、コンビニなど生活に必要な場所を教えていただいたり、パソコンでは、ローマ字入力を始め、表を作成したり基礎的な部分を身に着けたことでその後の職業訓練にとても役に立ちました。
職業訓練では、エクセルでグラフの作成やパワーポイントでスライドを作成するなど初めてのことで戸惑う部分も多かったのですが、その一方で音声を聞きながらこれだけの操作ができるのかと発見もありました。

ーパソコン以外にも電話応対の授業もあったんですね。
Jさん:
はい、当時は苦手でしたが、今の仕事ではとても役に立っています。焦らず落ち着いて電話を取り、対応や取次もできるようになりました。日本ライトハウスは、盲学校に次ぐ私にとっての「もうひとつの居場所」となりました。
「夢のような」仕事が見つかった
ーそのままライトハウスで働かれたのでしょうか?
Jさん:
もともと点字に携わる仕事をしたかったので、大阪でそのようなことができれば残ることも考えましたが、できれば地元で働きたいという思いがありました。佐賀に帰って再び就職先を探していたところ、盲学校から介護施設の求人が出ていることを教えていただきました。そこでは利用者さんにマッサージをする仕事で、人と関わるのは楽しかったです。
でも職場が遠くて、通勤では電車の乗り継ぎが必要だったんです。ある日駅員さんに「危ないので絶対に一人では乗らないでください」と言われてしまって…。 乗り継ぎ駅との交渉で、毎日手引きをしてもらえるようにはなったものの、通常と電車の利用時間が違うときに前もって連絡するように言われたことがあり、
「どうして自由に利用できないのか。大阪では白杖をもって外を歩いてもぜんぜん驚かれなかったのに」
とギャップを感じ、だんだん体調が悪くなり1年で退職しました。

ーその後はどうされましたか?
Jさん:
自宅近くのB型事業所で働きました。そこではみかんの皮むきや車の部品の組み立てなどの作業をしました。その後、以前お世話になった歩行訓練士の方から「視覚障害者の情報提供施設で職員の募集があるよ」と教えていただき入社しました。
ちょうど施設のリニューアル時期で、新しく相談支援事業が始まるタイミングでした。今はそこで相談支援員として4年目です。
ー具体的にはどのようなお仕事をされていますか?
Jさん:
相談内容は多岐にわたりますが、主に視覚障害のある方の生活相談、日常生活用具の使い方、 スマホやPCなどのICT(情報通信技術)サポートなどです。
そして毎月1回利用者さん同士でおしゃべりしたり、体験を共有したりするサロンを開催しています。これまでに園芸体験や茶道体験など、さまざまなイベントを企画してきました。

ー「私、知らないこと多いんじゃないかな」から始まり、今ではみなさまに色々教える立場にあるんですね。
Jさん:
そうなんです。この仕事は今でも「夢みたいだな」と思います。今までの経験がすべて役に立っていると感じます。
ーこれから挑戦したいことはありますか?
Jさん:
「こんなことを教えてもらいたかった」と言ってもらえる、かゆいところに手が届くような支援を続けていきたいです。ICTは日々進化していますが、利用者さんと一緒に学びながら進みたいです。
ー今、盲学校に通っている生徒や保護者にメッセージをお願いします。
Jさん:
「できる・できない」で判断せず、まずは自由に夢を語ってほしいです。突拍子もない夢でも、「どうしたらできるか」を一緒に考えてあげてほしいと思います。 挑戦すること自体に意味があります。マッサージでも、ITでも、どんな道でも、まずは「できるところまでやってみる」がいいんじゃないかなと思います。