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國宗陽介さん(大阪私立盲学校出身)のインタビュー記事

「予想外を楽しみながら、人生が広がっていった」

國宗陽介さん(大阪私立盲学校出身)


盲学校、大学、企業、自治体、そして活動団体の立ち上げへー。國宗陽介さんは、環境が変わるたびに、出会う世界の広さに驚きながら、「自分はどう生きたいか」を丁寧に探し続けてきました。「知らない世界を知ることは、怖さよりもワクワクが勝つ」。そんな國宗さんのお話は、いま盲学校で学ぶ子どもたちにも、保護者にも、一歩を踏み出す力を届けてくれます。

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします。

國宗さん:
はい。國宗陽介と申します。見え方としては光と影がわかる程度で、両眼とも視力はほとんどありません。もともとは単独歩行ができる視力がありましたが、網膜色素変性症という先天性・進行性の病気で、中学生くらいから視力が徐々に低下し、現在の状態になりました。

ー 盲学校にはいつから通われたのですか?

國宗さん:
小学1年生から大阪の私立盲学校に通っていました。墨字の読み書きはできたのですが、「見えなくなっていく未来」を考えて点字も学んだほうが良いと言われ、盲学校で学ぶ道を選びました。中学からは東京の筑波大学附属盲学校に移り、親元を離れて寮で生活しました。その後は大学受験をして、1年間浪人をしつつですが、青山学院大学に入りました。

ー大学受験は大変でしたか?

國宗さん:
そうなんですよ。参考書が点字にほとんどなく、ボランティアさんに0から点訳してもらいました。たくさんの教材は作れないので、1冊を繰り返し学ぶ受験でした。予備校へ毎日通うよりも、自宅や図書館で自分で学ぶスタイルのほうが合っていて、一般受験で青学に合格できました。

盲学校卒業後に、一気に広がる世界

ー青学での生活は盲学校とは大きく違いましたか?

國宗さん:
かなり違いました。でもまだ若かったので、大変さを感じたというよりは、面白さの方がありました。盲学校のようなツーカーの共通認識がなく、自分の常識がまったく通じない。「自分はこうやって生きてきたけど周りは違うんだ!」と、驚くことが多かったので、結構楽しかったなとは思います。

ー友人関係はどうやって築いていったんですか?

國宗さん:
大学側の配慮で、入学式で300人の前で自己紹介する機会をもらえたんです。「私は目が悪いんです。右も左もわからないけど仲良くしてください」と話したことで、多くの学生が声をかけてくれ、ESS(英語ディベート)サークルにも入り、自然と友達が増えていきました。

入学式が開かれるホールに椅子が並んでいる。無人の象徴的な写真

ー学生時代で特に印象に残っている経験は?

國宗さん:
NPO「ETIC.」のプログラムで、ワーク・ライフバランス社にインターンとして入ったことです。小室淑恵さんに同行し、例えばテレビの取材があって、小室さんが答えていることを議事録にとるだけでも勉強になりました。いろんな社長さんと会う機会もあって、社会の人たちはこういうふうに考えて生きてるんだなっていうことがすごく伝わってくるような体験が多かったので、すごいリアル感を持って大学生活を過ごせたなとは思ってます。

まさか自分が「法務」と「図書館」の仕事を!?

ー卒業後のキャリアはどのように決めたのですか?

國宗さん:
就活では約300社にエントリーし、面接まで行けたのは10社で、最終面接に行けたのは3社でした。そのうちの1社である東京海上がすごく「ウェルカム」な雰囲気だったので、ここがいいなと思って入りました。

1年目は人事部署に配属となりました。文章の書き方、仕事の進め方、社会人としての作法。いい意味で「視覚障害があるとか関係ない」雰囲気だったので、徹底的に鍛えられました。

合理的配慮としてシニア社員の教育担当がつき、またその方がすごく教えるのが上手で、もう0から100まで、手取り足取り何でも教えてくれたんです。上司も同僚もすごく教育熱心で、1年目での学びはすごく大きかったなと思っています。

モダンなオフィス。並んだパソコンに10台ほどのパソコン。無人で象徴的。

ー2年目以降は法務に配属されたのですよね?

國宗さん:
はい。私はそもそも大学時代に法律のほの字も勉強してこなかった人間なんですね。じゃあ、なんで法務部に入ったかというと、会社の人と相談する中で、「法律だったら文字情報だし、点訳すればすぐ文字で読めるし、契約書の確認や作成は得意でしょ」という話をしてもらって、確かにそうだなと。

ーなるほど!確かに合理的ですね。

國宗さん:
そうなんですよ!で、他の部署だったらパワーポイントでビジュアル的な勝負をしなきゃいけない場面とか結構あるけれど、法務だったらそうじゃないから合ってるんじゃないかという話をしてもらって、配属となりました。

ーやりがいがあった一方で、その後転職されたんですよね?

國宗さん:
はい。当時は今よりも、「障害者枠」と「健常者枠」、そして「エリア職」と「総合職」の間に明確な壁があったんです。仕事内容は変わらなくても、キャリアの上限があって、総合職試験を何度受けても通りませんでした。本当に素晴らしい職場だったのですが、自分はもっと上を目指したかったんです。そこで、公務員を目指す決意をし、今では横浜市役所で働いています。

ーどんな業務を担当されていますか?

國宗さん:
最初の4年間は、中央図書館で働きました。図書館に来館ができない、あるいはあまり縁がない皆様に、どうやって書籍情報を届けるかを考えながら、サービスを作り上げていくような仕事をしていました。

ただ、活字も見えないし、地域の図書館に行っても楽しめる図書もなかったので、私が生きてきた中で、図書館との縁ってほとんどなかったんですよね。なので、まさか、私が図書館で働くというのは、1ミリも考えてはなかったっていうところでしたかね。

ー法務も図書館も、どちらも想定外のお仕事だったんですね。

國宗さん:
そうですね。その、率直に、最初は戸惑ったんですね。でも実際働いてみて自分が感じたのは、自分の知らない世界がたくさんあるんだなって。というのも、視覚障害がある自分は、盲学校の中で育ってきた。でも、環境が似たような人たちとずっと生活をしてきたので、図書館に連絡してくるような方々というのは、全く状況が異なるような、多様な方々でした。

家から一歩も出れないし、図書館にも本を借りに行くこともできない人がいる。でも、本は読みたい。「そういう人にどうやって本を届ければいいんだろう?」ということも、これまで生きてきた人生では全く考えることもなかった課題だったので、そこを考えることができる職場はすごく面白かったなとは思います。

視覚障害のある子が力を伸ばせるために

ー今はどういうお仕事をされていますか?

國宗さん:
横浜市役所のデジタル統括本部という部署で、セキュリティに関する調査であったりとか、マイナンバーカードに関する施策を検討したりとか、条例を作ったりとかっていうような仕事をしています。

象徴的なオフィス。机の上にパソコン、ブレイルメモなど、仕事道具が整理されて置いてある

ーなるほど。いわゆるアクセシビリティ系のお仕事ではないんですね。

國宗さん:
実はそうなんですよ。ただ、コロナ禍でおうち時間が増えたときに、友人たちと「自分って何のために生きてんだろう」みたいな話をする機会があって、いや、もう少し自分の障害を活かすようなこともやってもいいんじゃないかと思い立ちました。

まずは自分たちの体験が誰かの役に立てばいいなと、視覚障害に関する情報発信をを目的に、一般社団法人With Blindを立ち上げました。そうした中で、自分が小学校、中学校、高校の時って何に苦労したんだろうなってふと思い返した時に、「学び」だなと改めて思ったんです。塾に行けなかったりとか、家庭教師になかなか教わる機会もなく、参考書も点字にあまり翻訳されてないですし。

で、後輩たちに私のような苦労はさせたくないなと思ったので、2024年2月にオンラインスクール With Blindを立ち上げてみました。

ーすごいです!ちなみに盲学校時代を振り返ってみてどうですか?

國宗さん:
やっぱり障害者スポーツはやっておいてよかったです。私は水泳とゴールボールをやっていたんですけれども、盲学校に行ってないと、なかなかこう、触れる機会とか、できる機会っていうのは多くないですよね。

自分は、水泳で国際大会とかも行けたりしたような環境だったので、精一杯自分の体を動かせるような環境が盲学校にあって良かったなと思っています。

でも、これをしておけばよかったと思うこともあって…。

ーなんでしょうか。

國宗さん:
やっぱり盲学校って世界が狭いっていうのは、みんな結構言うことですよね。で、私は、そのことについて、別に悪いとは全然思ってなくって、むしろ手厚い環境で自分の幼少期を育ててもらえるんだから、ありがたい環境なんじゃないかなと思っているんですね。

一方で、やっぱり見える子たちとか、他の子たちがどうやって勉強したりとか、学生生活を楽しんでいるのかっていうのを、中高生の頃にもう少し知りたかったなと。

ー交流があるとしても機会は少ないですよね。

國宗さん:
そうですね、あったとしても、年に1回とかでしたね。そういったことじゃなくて、こう、一緒に机を並べて勉強したりとか、そういった環境も少しあってもいいんじゃなかったのかなとは思います。

そうしないと、盲学校の狭い世界での小さい競争にとどまっちゃうんですね。やっぱり世の中ってもっとダイナミックで面白いんじゃないかなと思っていて。そういった世界を少しでも知っていれば、もう少し自分もダイナミックな発想が得意な人間にもなっていたかもしれません。

ー最後に、盲学校の生徒・保護者へメッセージをお願いします。

國宗さん:
盲学校は、視覚障害のある子が力を伸ばすための最高の基盤です。そこで存分に自分の力を発揮して、自分の学びたい意欲を高めていってください。そして、盲学校という環境を先生たちもぜひ活かして、目が悪くてもこれはできる、あれはできるというアイデアをどんどんどんどん生み出していければ、将来につながるような学びができると信じて行動してほしいです。ぜひそこは、大人の責任として私も一緒に考えていきたいです。