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石川龍海さん(千葉県立千葉盲学校出身)のインタビュー記事

「意思と『断らない』のバランス」

石川龍海さん(千葉県立千葉盲学校出身)


生まれつき全盲で、現在は千葉点字図書館に勤務する石川龍海さん。千葉盲学校、筑波技術大学を経て、一度は理療の道に進むも、予期せぬ縁に導かれて現在の仕事に辿り着きました。盲学校時代に人生の礎を築いてくれた恩師との出会いから、未来の子どもたちへの温かい眼差しまで、その経験と想いを伺いました。

―まずは簡単に自己紹介をお願いします。

石川さん:
はい、石川龍海と申します。生まれつきの全盲で、現在37歳です。千葉県立千葉盲学校の幼稚部から高等部まで14年間在籍し、その後、筑波技術大学で、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の資格を取りました。

卒業後は埼玉県で高齢者向けのデイサービスで2年弱働きましたが、ご縁があって2013年から四街道にある千葉点字図書館でお世話になっており、今年で13年目になります。趣味は中学から20数年続けているギターと、生まれつき好きな鉄道、そして大学時代から好きになったバスです。公共交通には強い方かなと思っています。

「よし、牛丼食べよう」

―14年間の盲学校生活の中で、特に印象に残っていることはありますか?

石川さん:
色々ありますが、やはり歩行訓練でお世話になった先生の存在は大きいですね。私が今、ほとんど人の助けを借りずに鉄道やバスを乗りこなせるのは、先生が歩行訓練をしっかりやってくださったおかげです。もともと父に下地を作ってもらってはいましたが、安全確保の仕方や白杖の操作方法といった専門的なことは、先生に徹底的に教えていただきました。その経験は今でも私の財産になっています。

―どのような指導だったのでしょうか?

石川さん:
厳しかったですよ。ダメなところはちゃんと「ダメだ」とおっしゃる先生でした。でも、すごくメリハリがあったんです。高校生の時、実習先までの歩行訓練をしたのですが、授業が終わる少し前に「もういいだろう」となったんです。そうしたら先生が「よし、牛丼食べよう」って。授業中なのに(笑)。「できたっていうところでやめるのが一番いいんだ」と言って、そのまま牛丼を奢ってくれました。

牛丼屋に象徴的に並ぶ牛丼二つ

―面白い先生ですね。

石川さん:
ええ。ただ優しいだけでなく、私の可能性を信じてくれる指導でした。ある時、盲学校の最寄駅で「よし、点字ブロックから外れて改札に向かってみろ」と言われたんです。点字ブロックは安全ですが、時に一般客の動線の邪魔になる。「お前だったら最短距離で斜めに歩けると思うから行ってこらん」と。そのおかげで、今でも点字ブロックにべったり張り付かなくても歩ける。できるからやれ、と背中を押してもらえた経験は大きかったです。

―ギターも盲学校がきっかけだったとか。

石川さん:
そうなんです。中学1年生の総合学習で、ビートルズが好きな同級生が「ギターをやりたい」と。彼の鶴の一声で決まってしまいました。私は当時、音がなかなか出ないし左手は痛いしで「こんなのたまらない」と嫌で仕方なかったんです。でも、1曲弾けるようになったら今度は楽しくなってしまって。それ以来、ずっと続けています。今では高齢者施設などで昭和フォークを弾いたりもしていますよ。

音楽室にてギタースタンドに置かれたアコースティックギター。後ろにはピアノも見えている

自立、就職、奇跡的な転職

―大学は筑波技術大学に進まれたのですね。

石川さん:
はい。高校に入った頃から意識はしていました。最初はパソコンが好きだったので情報システム学科に行きたかったのですが、数学ができないと思い込んで諦めてしまいました。それでも、親元を離れ、自立した生活がしたかった。それで、あんま鍼灸を学ぶことにしました。「資格障害者はマッサージ」というイメージに不本意な気持ちもありましたが、腕修行にはいいか、と。結果的に、この選択は良かったと思っています。

―ひとり暮らしはいかがでしたか?

石川さん:
大学生活で一番良かったのは、ひとり暮らしを経験できたことかもしれません。食料品の調達から料理、金銭管理、スケジュール管理まで、全部自分でやる練習ができました。最初は食事をどう調達するかに悩み、「これ、飢えるな」と思ったりもしました(笑)。でも、その経験が「どんなことがあっても大丈夫」という自信につながった。大学生という時間のあるうちに、自立のための足場固めができたのは大きかったです。

――卒業後は、資格を活かして埼玉で就職されたのですね。

石川さん:
はい。ただ、そこでの仕事はデイサービスや訪問マッサージで、どちらかというと理学療法士さんがやるような、運動機能を維持するための仕事が中心でした。学生時代に学んだこととは少し違い、ついていくのが大変で…。正直、メンタルもやられそうで、もう辞めようかなと思っていたんです。

―そこから点字図書館へは、どのような経緯で?

石川さん:
本当に奇跡的なタイミングでした。仕事を辞めようと思っていた矢先に、盲学校時代の先輩から「今何してるの?」とメールが来たんです。千葉県の視覚障害者協会が高齢化でなりてが足りないという話を聞き、仕事を探していた私は「仕事があるということですか?」と少し見当違いな返信をしてしまって(笑)。

そうしたら「じゃあ、一度点字図書館に来てみる?」と当時の所長に繋いでくださったんです。そこで、自分と同じ立場で困っている方々のために、ここでなら自分にできることがあるかもしれないと思い、働くことを決めました。

「断らない」姿勢が拓いた、仕事の幅と自身の成長

―点字図書館では、どのようなお仕事をされているのですか?

石川さん:
基本的には点訳が担当です。ただ、私の仕事のスタンスとして「どんな仕事も断らない」というものがあって。幸い人前で話すことが苦にならないタイプだったので、点訳ボランティアの養成講座や、地域の小中学校、市民向けの啓発講座、同行援護ガイドヘルパーの養成研修などで講師を頼まれたら、なるべく引き受けるようにしてきました。

無人の小学校の体育館。壇上にマイクがセットされている

―非常に多岐にわたるお仕事ですね。

石川さん:
この職場は、職員たちが「視覚障害者が働ける範囲」を適切に知っているんです。だからこそ、色々なことを任せてくれる。これは一般社会ではまだ難しいことかもしれません。できないことがあると分かってくれた上で、様々なチャンスを与えてくれる。非常にありがたい環境だと思っています。そうした経験を通じて、人に何かを伝える力、説明する力はすごく伸びたかなと感じますね。

―今盲学校で学んでいる保護者の方々へメッセージをお願いします。

石川さん:
保護者の方々には、お子さんが「楽しい」と思うことは、ぜひやらせてあげてほしいです。それが音楽でも、運動でも、鉄道でも何でもいい。障害のある子は、大人の「見えないから無理だよね」という一言で、簡単にやる気や自己肯定感を下げられてしまいます。だからこそ、大人はハラハラするかもしれませんが、子どもが楽しそうにしていることを見守ってあげてほしい。その経験は、必ず後で生きてきます。

また、子どもたちが公共交通機関に慣れる経験をぜひ積み重ねてください。将来、自立するためには必須のスキルになりますから。車なら5分の距離を、今日はバスで10分かけて行ってみようか、というような小さな一歩でいいんです。

―ぜひ子どもたちにもメッセージをお願いします。

石川さん:
これからを生きていく子どもたちには、「楽しいことは、納得がいくまでとことんやったらいい」と伝えたいです。私自身がそういう生き方しかしてこなかったので。そうすれば、自然と世の中のいろんなことが見えてきて、たくさんの経験ができます。楽しいことをどんどん経験して、自分の世界を広げていってほしいなと思います。人生は一度だけですからね。